兵庫高校山岳部

2017夏山合宿 day3




3日目
時刻は午前4時。
静閑なテントに携帯のアラームが鳴り響く。
誰かがぴくりと身じろいだ。
それを皮切りに他のテントからもゴソゴソと物音がする。
段々と意識が覚醒していく。
寝覚めは悪くないが膝の関節がやけに痛む。やはり、丸まって眠ったのが良くなかったようだ。こんなことなら多少寝袋が汚れても気にせずに脚を伸ばせば良かったとちょっと後悔した。

朝食の調理のためにヘッドを持って外へ出る。
調理と言ってもお湯を作ってコーンスープの素を溶かすだけの簡単なものだ。
それに各自持参したパンを付けるだけ。正直少し物足りないが、そこは持ってきた食パンで誤魔化した。耳が比較的美味かった。

周りを見渡すとやはりまだ朝早いのか、身支度をしている人は少ない。
薄暗いキャンプ場にはどこか独特の気配があるもので、有り体に言えばテンションが上がる。
ふと視線を上に向けてみれば、広がる夜空に星は見えない。
山に囲まれているためまだ日の出は見えないが、うっすらと山の輪郭が明るくなっているのがわかる。私は枕草子の一節を思い出した。季節は違ったが。

徐々に陽が照ってきた。昨日とは打って変わった快晴だが、涼やかな風が吹いていたためにむしろ肌寒いくらいだった。
雪が残っていることも大きいかもしれない。ここにいると今の季節を忘れそうになる。
時間が来て輪になって準備運動をした後は、ついにお待ちかねの登山である。
昨日は生憎の天気で中止となっただけに、みんなの士気は高かった。私たちは意気揚々と出発した。

手始めに近くの山の尾根へと登ると、キャンプ場を見下ろす形となった。
俯瞰したキャンプ場には淡く靄がかかり、射し込んだ陽光がキラキラと乱反射する様は光のカーテンのようだ。そこへ火山ガスが重なって何がなんだかよく分からなくなった。

火山ガスが噴き出す地域を離れると、徐々に青々とした緑が増えてきた。雲ひとつない青空との対比が素晴らしい。
遠くにモクモクと立ち昇る湯気が良いアクセントになっている。これはスマホの手に余ると、写真はウッディの本格カメラに任せることにした。私は顔専で行こう。

途中、トイレがあるちょっとした広場に出た。まだまだ先は長いとはいえ、ここからの景色もなかなかのものだ。私たちは早速カメラを構え、順番に空中で被写体となった。

どうやらここから先はずっと岩山が続くようだ。ボルタリング程ではないにしろ、こういった登山はスリルがあって冒険心をくすぐられる。
しかし、足を踏み外せば本当に洒落にならないので、私たちはいっそうの注意を払って登り始めた。
ちょうど中腹に差し掛かった辺りだろうか。なにやら下が騒がしいと振り返ってみると、恐らく小学生くらいだと思われる少年少女が列を成して歩いてきていた。
それも数人ではなく数百単位だったから驚きだ。人がゴマのようだ。

山頂付近に近づくと、物資を補給するヘリコプターが見えた。ヘリコプター自体は偶に見かけるが、あれは私が見てきた中でも群を抜いてデカかった。
やはり重さに耐えられるように設計されているのだろうか。なんにせよ良いものが見れた。

山頂には神社があった。
中では御守りやバッジといったご当地グッズが売られており、私は勿論バッジを買った。
この後山の麓のお土産屋さんで半額で手に入ることを知ったが、後悔はしていない。あれだ。ちょっと高いお賽銭だと思えばいいんだ、うん。
奥に進むと更に上へ行ける道があったが、どうもそこには御神体的なサムシングを祀っているらしく、入場料が必要だった。
よく覚えていないが、たしか王子動物園と同じ料金設定だった気がする。
当然、ご遠慮した。

調べたところ、この地点で標高3000mを超えているらしい。道理で景色が良いわけだ。壮大なパノラマが1人黄昏れるウッディによく映える。私は連写した。

ここからは広大なパノラマを眺めながらひたすら尾根を歩き続けた。
腹が減れば食パンを齧り、岩を見つけてはよじ登った。
ふと気づいたが、いつの間にか雲よりも高い所にいたらしい。遠目に見える劔御前は雲海に囲まれ、やけに霊峰感が出ていた。アマツ◯ガツチでも住んでいそうだ。

私たちは黙々と歩き続け、もうそろそろ満足かな、もう明日休みでいいんじゃないか、とか考え始めた頃にやっとキャンプ場へと到達した。
後半は温泉だけが心の拠り所だったかもしれない。何はともあれ、私たちは怪我もせずに無事に帰ってくることができた。

キャンプ場に帰還した私たちは早速温泉へと向かった。温泉はキャンプ場から少し離れた所にあり、道が雪で隠されていたせいで少し迷ってしまった。
温泉にはちゃんと着いたが浴場があまり広くなく、私はソルティと一緒に順番を待つことになった。
スマホゲームのアニメコラボに興奮するソルティと駄弁って時間を潰す。私たち以外の客はおじさんが多かった。
やっと入れた浴場の洗い場は少し変わった造りをしていた。まず、真ん中の席だけシャワーが無い。なので蛇口を捻るタイプの下側に備え付けられた水道を使ったのだが、こいつがとんだジャジャ馬だった。
これは水と湯の蛇口をちょうどいい感じに捻って温度を調節するシステムなのだが、全く言うことを聞かないのだ。
水を捻ればお湯が飛び出し、かと思えば思い出したかのように突然冷える。その逆もまた然り。
水の出方も気に入らない。区切って塊で出てくるのだ。まるでむせたおっさんである。途中からソルティのシャワーを拝借した。

シャワーはアレだったが、湯槽は文句なしだった。そこそこの広さでしっかり脚も伸ばしてリラックスできる。仄かに香る硫黄の匂いがクセになりそうだ。
ただ日焼けは滅茶苦茶痛かった。あれはダメだ。正直日焼けを舐めてた。少し焼けた方がパリピっぽくて良いだろとか言って日焼け止めを塗らないのは馬鹿だった。
もはや日焼けではない、ただの火傷である。私は早めに上がった。
因みに露天風呂もあったが、ただの野外のバスタブだった。

余談だが、ここのトイレはウォシュレット付き暖房便座のトルネード洗浄だった。
立山で一番文明を感じた。

キャンプ場に戻ってからはテントでワードウルフとかなんとか云う遊びで時間を潰した。
このゲームはGMが他のメンバーにLINEで何かしらの名詞を送り、多数派は一人だけ言葉が違う人間を見つけ、一人だけ言葉が違う人間はバレないように立ち回るというものだった。
最初は人狼の類似品かと思っていたのだが、これがなかなか深かった。
まず提示するテーマを考えなければならない。それもある程度共通点がなければいけない点が悩みどころだ。
真面目にやるか、ネタに走るか。非常に頭を使うゲームだった。
立ち回りも全員が初心者だったために手探りだったことも楽しめた要因の1つかもしれない。
1人だけ違う人間がマイノリティとなるか、それとも羊の皮を被った狼となるかの選択が分水嶺となるのだろう。
私たちはそれだけで数時間過ごした。

後は特に語ることもない。
晩飯を作ったり、ボーッとしたり、暗い中で変顔してホラーになった写真を撮ったりしただけだ。

今日こそはと天体観測もしたが、やっぱり星は見えなかった。夏の大三角と北斗七星くらいだ。家でも見れる。
特にやることもなかったので、さっさと寝袋に包まったが、寝る直前の何気ない会話というのは意外と楽しいものだ。
私たちはくだらない話をしている内に、いつの間にか眠りに落ちていた。




文章:パカ兄